喪主代行をつとめました

福岡の親族の方の、家族葬の際での葬儀喪主を私がした理由

これは今から約15年くらい前の話になります。
当時、父方の親族の方が大野城市に住んでいた、
一人暮らしをしていた親族の女性の方が亡くなった事を、
神戸市側に居た別の親族の方から知らされて、その方の葬儀の喪主代行を私がする事になりました。

というのも、その知らせた飯塚市内に居た親族の方は、
その大野城市の親族の方とは血縁関係が無かったため、
その事情から、当時はある程度時間に余裕があった私が、親族会議で行う事に決まりました。
私の父なども当時はもう既に60代半ばを過ぎて、
その上でやはり体力的な負担などもあるといった面もありましたので、
それで私が代わりにいく事に決まったような感じです。

葬式仕様などは、彼女本人は何の宗教も信仰しておらず、
無宗教のような状態でした。
そのため、お布施の支払いの必要性などはありませんでしたが、
それでもやはり、生前彼女との親交があった方からなる参列者がありましたので、
近郊の葬儀会社などへ葬儀の準備をしなくてはならないといった形式での家族葬といったものでした。

それでも料金的には、通常のお寺さんや教会などへ依頼をしたりするよりも、
弱干、安かった面もありましたが、正座をしたり説教などがあったりするような事などもありませんでした。
このため、割と楽にやり易かったような記憶が今でもあります。

ただ、やはり今まであまり訪れたりした事が無かった飯塚市での親族の方の家族葬といった形でしたので、
幾らかの大変さなどはあったものの、貴重な経験になりました。

大野城市の親族の方の死という、家族葬の形での葬儀を踏まえて

彼女本人は、もう当時は80歳といった高齢でしたので、
本当に天寿を、大野城の異郷の地で全うしたような感じが私にはしました。
自分と同じ佐賀県出身の方であり、
生前はあえてどの宗教も信じずに、
60代の頃にそれまで共に暮らしていた旦那さんを亡くして以来、
お子さんなども無く、亡くなる80代まで一人でひっそりと
大野城市内の一角にある貸家で暮らしてきた人生でした。

本当に若い頃、あの第二次世界大戦での戦前・戦中だった10代の頃を過ごし、
その時代に知り合った帰還兵だった旦那さんと一緒になり、
彼の故郷である中津市内でしばらくの間過ごして、
それから新居がある大野城市内へ引っ越して、
天寿を全うするといったような形でした。
本当に苦難の人生を送られてきただけあり、
私自身も心から、家族葬という形の葬儀での喪主代行を務めさせて頂いた上で、
敬意を表したいと思います。

私が10代の若い頃、故郷である鹿児島県の曽於市内へ帰郷をしてきた際には、
色んな面で気遣いや叱責などをしてくれたりした事もあり、
本当にお世話になった方でした。
本当に生前は親しかったので、葬儀での喪主の代行を自分から務めようと決めたのは、
そうした彼女本人との親しさなども、やはり過去にあったからです。

もうあの時の家族葬以来、二度と会う事が出来ない運命になってしまいましたが、
それでもその分、私自身もこれからは残りの人生を全うしていきたいと考えています。

この大野城市での家族葬での喪主代行による、葬儀の経験から

本当に当時は初めての経験でしたので、
正直、最初は何をすれば良かったのかが分かりませんでした。
しかも、大野城市内にあるめったに訪れた事が無い飯塚市内の親族の方の葬儀での喪主代行でしたので、とても不安で一杯でした。
葬儀での参列者の方も、本人やご主人の方の側の生前交流のあった知人である方々、
それまでのお仕事でお世話になった方々、
著述業仲間だった方々、その他様々な方がおられましたが、
それ程は人数は多くは無かったものの、家族葬としてのお別れ会の形式でしたので、
割と和気あいあいのような雰囲気での葬式状況でした。

人数が少なかった分、本当に見ず知らずの方々が多い場であるにも関わらず、
若い頃の彼女本人やご主人の方についての話を聞いたり出来ました。
そのような、仏式や神式、キリスト教などのような宗派式の葬式とは明かに異なる、
雰囲気の自由さがありましたので、まさに「家族葬」といった言葉が相応しい場でもありました。
本当に今でも、当時の記憶がありありとあります。

当時は故郷である佐賀県内からは、私が1人だけ出向いたたような形でしたので、
ただ旅行に行く訳では無かった分、
責任の重さと不安とが同時にありましたが、本当に喪主代行を務めて良かったと思っています。
この飯塚市内での親族の方のところでの今回の記事で話した経験は、
これ以降に亡くなられた他の親族の方々の葬式面での手伝いの際にも、
大変活かされていく事になります。

現在私は40代後半の中年男性の1人になりましたが、
これから何があるか分かりませんが、似たような事態になった場合には、
それなりの対応をしていこうと思います。